吊り編み機はなぜ特別なのか。編み機とはどういうものなのか。スウェットとこれからの編み機のはなし

スウェットの生地を編む丸編み機

スウェットの生地は、人の手編みではなく「編み機」と呼ばれる機械で編まれたメリヤス生地です。Tシャツも、パーカーも、多くのニット地の“地面”には必ず何らかの編み機がいます。

スウェットの世界ではとくに「吊り編み機(ループウィール)」という名前だけが独り歩きしがちです。
「吊り編みだから良い」「シンカーだから安っぽい」といった短絡的な言い方もよく見かけますが、実際には 編み機そのものよりも「どういうテンションと設計で編むか」 が生地の表情を大きく左右します。

この記事では、

  • そもそもスウェットと編み機はどう結びついているのか
  • 吊り編み機・トンプキン機・シンカー丸編機は何が違うのか
  • 「これからの編み機」を考えるとき、何を見ればいいのか

を、「スウェットの着心地と生地のふるまい」という目線から整理します。

スウェットそのものの定義や裏毛構造については、別記事
スウェットとは何か。スウェットと、生地について
でまとめていますので、あわせてご覧ください。


スウェットと編み機:ざっくり地図

スウェット生地は「緯メリヤス」

スウェットの裏毛生地は、緯メリヤス(よこ編み) に属します。
一本の糸を横方向に送りながら、編み針でループをつくっていくタイプの編地です。

緯メリヤスを編む編み機には、大きく見ると次のようなグループがあります。

  • 吊機(ループウィール)・トンプキン機などの 旧式丸編み機
  • フライス機・両面機・大丸機などの 現代丸編み機
  • 横方向に編む 横編み機・横ゴム機 など

スウェットやスウェット用裏毛に直接関わりが深いのは、
このうち 丸く筒状に編んでいく丸編み機 です。

詳しいメリヤス組織や編成機の体系は、
解説メリヤス② 緯メリヤスについて に整理されています。
ここでは、「スウェットの生地」との関係に絞って編み機を見ていきます。

丸編み機とスウェットの関係

丸編み機でスウェット生地を編むとき、多くの場合は

  • 表側 … 天竺(ジャージー)などの基本的なメリヤス組織
  • 裏側 … パイル(ループ)や、それを起毛させた裏毛(フリース)

という 二重構造 をつくります。

同じ「丸編み機」であっても、

  • 旧式の「吊機(loop wheel frame)」「トンプキン機」
  • 現代的な「シンカー丸編み機」「フライス機」「両面機」「大丸機」

では、

  • 糸にかかるテンション(引っぱり具合)
  • 1時間あたりの生産量(スピード)
  • 編めるゲージ(目の細かさ)や生地設計の自由度

などが大きく変わり、出来上がる生地の“空気”が変わってきます。


吊り編み機とは何か――「ゆっくり・弱テンション」の丸編み機

吊り編み機の基本

いわゆる「吊り編み機」は、
古い文献で French Circular loop wheel frame と呼ばれているタイプの丸編み機です。 19世紀前半にフランスで使われはじめた丸編み機の系統で、 生地をゆっくりと下方向に引き下げながら編む、低速・低テンションの丸編み機です。

  • 生地の自重を下に垂らしながら、非常に遅いスピードで編む
  • 1時間に編める長さはおよそ 1m 前後と言われる
  • 糸を強く引っぱらない、弱いテンションでの編成 が前提

といった特徴があります。

現存する機械は世界的にも少なく、
とくに日本の和歌山県は、吊機を保管・運用する工場が集中する地域として知られています。

生地側から見た「吊り編み」の特徴

スウェットの生地側から見ると、吊り編み機で編まれた裏毛には次のような傾向があります。

  • 糸に過度なテンションがかかっていないため、
    • 生地に ふくらみ丸み が出やすい
    • ループの戻りが良く、洗濯を繰り返してもダレにくい
  • 同じ番手の糸・同じ目付でも、肌触りが柔らかく感じられやすい
  • 生産効率が低いため、どうしても 原価は高くなりやすい

一方で、

  • 旧式ゆえに対応できるゲージや糸番手に制約がある
  • 編み目の均一さや、設計の自由度では現代機に劣る場面もある

といった側面もあります。

そのため、「吊り編み=常に最上位」というよりは

特定の条件(糸・目付・用途)では、
「弱テンション×ゆっくり編成」がベストな生地を生む

という理解の方が近いです。


トンプキン編み機――「上方向に編んでいく」旧式丸編み機

旧式機として語られることの多いのが、もう一つの丸編み機 トンプキン機(Tompkin’s loop wheel frame) です。 トンプキン編み機(Tompkins frame)は、19世紀半ばに登場した「生地を上方向に巻き上げていく」タイプの丸編み機で、 吊り編み機と同じく低速ですが、編み上がった生地の取り出し方とテンションのかけ方が異なります。

  • 19世紀中頃に開発された旧式丸編み機
  • 吊機と同様に、非常にゆっくり と編む
  • 大きな違いは、生地を下ではなく「上方向」に巻き上げていく構造

重力に逆らうように生地を上に引き上げるため、

  • 糸に余計な落ち込みが出にくく
  • 編み目の詰まり方が吊機とは微妙に異なる

と言われます。

体感としては、

  • 吊機 … 空気を含んだような、丸いふくらみ
  • トンプキン … 柔らかいが、やや「もっちり」とした詰まり感

のような「微妙な差」が出ることが多く、
ヴィンテージスウェットやカットソーのなかには、
トンプキン機由来のものも少なくありません。

ただし、現存する台数は吊機以上に少なく、
現在でも運用している工場はごくわずかです。


シンカー丸編機とは何か――現代のスタンダードマシン

シンカー丸編機のしくみ

現在、スウェットやカットソーの量産の多くを支えているのが、シンカー丸編機 です。

「シンカー」とは、編み機内部で糸とループを制御する金属パーツの名称で、
このシンカーを用いて高速に編成する丸編み機を総称して シンカー機 と呼びます。

特徴としては、

  • 旧式機と比べて 圧倒的に高速 に編める
  • 多色・多ゲージ・多組織に対応しやすく、設計の自由度が高い
  • 生産効率が高く、価格と供給量の面で強い

といった点が挙げられます。

「シンカー=悪」ではない

ネット上ではしばしば、

  • 吊り編み機 = 良い
  • シンカー機 = 安っぽい

という二項対立で語られることがありますが、
実際には シンカー機でも設計次第でいくらでも“良いスウェット”は作れます。

例えば、

  • 糸の番手・撚り・混率
  • ゲージ(針数)と目付の設計
  • 編成テンション(どれだけ引っぱって編むか)
  • 仕上げ加工(晒し・染色・起毛・タンブラー乾燥など)

の組み合わせをコントロールすることで、

  • 吊機的な丸みをある程度模した生地
  • 逆に、旧式機では出しにくいハイゲージでシャープな裏毛
  • 裏毛ではない特殊なパイルやダブルフェイスの構造

など、現代機ならではの強み を持ったスウェット地が編めます。

「吊り編みかどうか」だけで判断するのではなく、

どんな設計思想で、どんなテンションと組織で編まれた生地なのか

を見ることが、これからのスウェット選びでは重要になっていきます。


これからのスウェットと編み機のはなし

「吊り編み神話」のその先へ

ヴィンテージスウェットの多くが吊り編み機で編まれていたことから、

  • 吊り編み機=ヴィンテージの文脈
  • 現代機=大量生産の文脈

というイメージが強く結びついてきました。

しかし、繊維・糸・仕上げ加工・編機制御の技術は、
ヴィンテージ全盛期から比べれば大きく進歩しています。

  • 旧式機でしか出せない“生地のふるまい”
  • 現代機だからこそ出せる“新しいスウェットの可能性”

この両方を理解したうえで、

「吊り編みかどうか」ではなく
「生地のふるまいと、長く着られるかどうか」で評価する

という視点が、これからのスウェットづくり・選びの軸になっていきます。

何を見てスウェットを選ぶか

編み機の名前だけにこだわるのではなく、
実際のスウェットを手に取るときには、次のようなポイントを観察すると、
その一枚の“背景にいる編み機”が見えやすくなります。

  • 生地の厚みと重さ(目付)
  • 伸ばしたときの戻り方(テンション設計)
  • 裏毛のループの大きさ・密度
  • 洗濯を重ねたときの型崩れ・縮み方
  • 斜行(ねじれ)の有無と、その程度

こうした 「ふるまい」 を通して編み機を捉えると、
吊り編み機・トンプキン機・シンカー機といった分類も、
単なるスペックではなく「生地の性格」として理解しやすくなります。


さらに深く知りたい人へ

この記事では、スウェットと編み機の関係を
できるだけ平易な言葉で俯瞰しました。

より技術的な組織論・編成機の体系については、
1948年刊『解説メリヤス』をもとにした連載

で、図版とともに詳しく扱っています。
スウェットの「地面」をさらに深く知りたい方は、そちらもぜひ参照してください。


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