肖像画プリントの元祖、本物のベートーベンスウェットのはなし

※本記事は 2017 年公開時の内容をもとに、2025 年に一次資料(裁判記録・広告資料)を参照して加筆・修正しています。

ベートーベン、ブラームス、バッハの偉人シリーズスウェット

偉人・有名人の肖像画がプリントされたスウェットや T シャツは、いまや古着でも新品でも定番のカテゴリーになっています。
そのなかで、「肖像画プリント・スウェットの原型」として語られているのが「Three B’s」スウェットです。

ここでは、「Three B’s」スウェットの概要と仕様、レプリカやパロディとの違い、そして肖像画プリントの設計という視点から見たときに、どこが特別なのかを整理します。


「Three B’s」スウェットとはなにか

ベートーベンの肖像画スウェット

「Three B’s」とは、Beethoven(ベートーベン)、Brahms(ブラームス)、Bach(バッハ)の三人の頭文字「B」を取った呼び名です。
この三人の作曲家の顔を大きく正面にプリントしたヴィンテージスウェットのシリーズが、通称 「Three B’s」スウェット と呼ばれています。

1960 年代初頭、アメリカのクラシック音楽ラジオ番組のキャンペーン用ノベルティとして企画・制作されたのが始まりとされています。スポンサーはビールメーカーの Rainier Brewing(レーニア・ブルーイング)。クラシック番組のリスナーに向けて配布された「広告物」でありながら、その完成度と存在感から、のちに古着市場でひとつの“作品”として扱われるようになりました。

シリーズのラインナップ

「Three B’s」スウェットには、少なくとも次の 4 タイプが存在するとされています。

  • Beethoven(ベートーベン)
  • Brahms(ブラームス)
  • Bach(バッハ)
  • 後から追加された Mozart(モーツァルト)

いずれもモノクロ一色刷りの肖像画プリントで、構図やレイアウトはシリーズとして揃えられています。

どんな文脈で生まれたスウェットか

Three B’s スウェットは、「Rainier Ale のクラシック音楽キャンペーン」の一環として生まれました。
クラシック音楽ラジオ番組のスポンサーだった Rainier Brewing が、広告代理店 Weiner & Gossage に依頼して行ったプロモーションです。

このキャンペーン自体については、姉妹記事
本物のベートーベンスウェットと、ハワード・ゴセージのキャンペーン広告のはなし
で詳しく扱います。ここでは、主にモノとしてのスウェットにフォーカスします。


本物の「Three B’s」スウェットの仕様

オリジナルの Three B’s スウェットには、「あとから作られたレプリカやパロディ版にはない、いくつかの特徴」があります。
ここではメリヤス(編み物)とプリントのふるまいを中心に整理します。

0. タグとボディブランドについて

現存するヴィンテージ個体では、いくつかのタグバリエーションが確認されています。

  • 「MAYO SPRUCE(メイヨー・スプルース)」タグの Three B’s スウェット/T シャツ
  • 「EAGLE」タグなど、他メーカーによる Three B’s プリントの個体

裁判記録などの一次資料にはブランド名としての「Mayo Spruce」は登場せず、
初期キャンペーン用 600 着がどのブランドボディだったかを特定することはできません。
一方で、実際の個体としては MAYO SPRUCE タグの Three B’s が存在し、
EAGLE タグのものとともに市場で評価されています。

このことから、少なくとも次の点は言えます。

Three B’s のデザインは、特定の一社に限定されず、
複数メーカーのスウェットボディに乗って生産されていた可能性が高い、ということです。

そのなかで、MAYO SPRUCE タグの Three B’s は、
他のグラフィックスウェット(星座シリーズやピーナッツなど)と並ぶ流れのなかで
「Mayo Spruce 文脈」で語られることが多くなっています。

1. ボディ:1960 年代らしい丸胴ラグランスウェット

Three B’s のボディは、1960 年代のアメリカ製スウェットらしい設計をしています。

  • 丸編み機で編まれた丸胴の厚手ボディ
  • 杢グレーを中心としたカラー
    (ホワイト系 × 杢リブなどのバリエーションも存在)
  • 肩線のない ラグランスリーブ
  • 着丈は現代のスウェットよりやや短く、身幅とのバランスでコンパクトに見えるシルエット

いまの視点から見ると「ごく普通のヴィンテージスウェット」ですが、

  • 丸編み機で編まれた少し重みのある生地感
  • 洗いと経年で締まったリブ
  • 裏起毛のつぶれ具合

といった要素が合わさることで、プリントの線と生地の表情が一体化していることが大きなポイントになっています。

2. プリント:規格外のサイズと、整理された線

Three B’s スウェットの最も分かりやすい特徴は、
「ボディに対してややオーバーサイズな肖像画プリント」です。

  • 前身頃の大部分を占めるほど大きな版サイズ
  • とはいえ、裾や脇にぎりぎり触れない「余白」が残されている
  • 顔の輪郭や髪を、比較的少ない線と面で整理した描写
  • 影の入り方が単純化されており、モノクロ一色でも立体感が出る設計

とくに重要なのは、線の総量が意外なほど少ないことです。
ディテールを描き込みすぎるのではなく、「光と影のブロック」として整理することで、遠目でも顔として認識しやすく、経年でインクが薄くなっても印象が崩れにくくなっています。

3. 再構成された肖像画であること

Three B’s の肖像画は、既存の肖像画や写真をそのままプリントしたものではありません。
広告代理店 Weiner & Gossage 側のデザイナーが、図書館や雑誌で見つけた肖像をベースに、
シルクスクリーン用の線画として再構成したものとされています。

  • ベートーベンやバッハは、当時の書籍に載っていた銅版画(エッチング)を参照
  • ブラームスは、音楽誌の肖像写真などをもとに構成
  • それらを「服としての視認性」を前提に、線とハイライトを整理して描き直している

つまり Three B’s の肖像画は、

既存の肖像画を素材にしつつ、
スウェットの上で成立する線とコントラストへと翻訳された絵になっている、と考えられます。

4. バックプリントやコピーの存在

個体によっては、背面にコピーが入ったバージョンも確認されています。

  • 例:HAPPINESS IS A ST. LOUIS SYMPHONY SEASON TICKET
    といったコピーが背面にプリントされた個体

すべての Three B’s が同仕様とは限りませんが、一部にこうした「テキスト要素」を加えたものがあり、
“クラシック音楽+ローカルな文化+広告コピー” が一枚のスウェットに閉じ込められていることも魅力のひとつになっています。


オリジナルとレプリカ/パロディを見分ける視点

現在 Three B’s モチーフは、復刻、リプリント、パロディなどが多数出回っています。
ここでは、オリジナルらしさを見分けるときに役立つ観察ポイントをいくつか挙げます。

1. ボディの設計と経年

  • 丸胴の有無
  • リブのテンションと縮み方
  • 裏起毛のつぶれ・毛玉の出方

といった “メリヤスそのものの経年” は、簡単にコピーできません。
新品の復刻は当然きれいですが、オリジナル個体は「着用と洗濯」を繰り返してなお、
線とボディが気持ちよくなじんでいることが多いです。

2. プリントの「大きさ」と「呼吸」

  • ボディに対してやや大きすぎるくらいの版サイズ
  • 肩・裾・脇とのあいだに、絶妙な余白が残されている
  • 顔の周りに“空気”を感じるレイアウト

復刻やパロディでは、同じ図像であっても版が小さかったり、余白が不自然に詰まっていたりすることがあります。
Three B’s のオリジナルは、プリントの「入り方」そのものに独特の勢いがあります。

3. 線の整理・トーンの抜き方

  • 影の塗りつぶしがベタになりすぎない
  • ハイライト部分がしっかり抜けている
  • 線が細すぎず、服として見たときに“塊”で読める

写真トレース感のある現代的な肖像プリントと比べると、Three B’s の線は
「版画寄り」かつ「削ぎ落とした情報量」で構成されています。


Three B’s が示している「肖像画プリントのルール」

Three B’s スウェットは、単なる“レアなヴィンテージ”というだけでなく、
肖像画プリントをメリヤスに乗せるときの設計ルールをいくつも含んでいます。

  1. 顔の情報量を削る
    細部を描き込みすぎず、「この人物だと分かる最低限の特徴」を抽出して線にする。

  2. モノクロ一色で立体感を出す
    色ではなく「明暗のブロック」と「線の太さ」で奥行きを作る。

  3. 版サイズはややオーバー気味にする
    “少し大きすぎる”くらいが、スウェットとして着たときにちょうど良い迫力になる。

  4. メリヤスの経年を前提に設計する
    インクが薄くなり、ボディがやれた状態を想像しながら、長期的にバランスが崩れない線とレイアウトにしている。

肖像画プリントを設計するとき、Three B’s は「ディテールを盛る」のではなく、
どこまで削るか/どこに太い線を残すかを考えるための基準として、とても参考になる存在です。


いま Three B’s を見る意味

Three B’s スウェットは、現在でもヴィンテージ市場で高値で取引され、復刻版も継続的にリリースされています。

「クラシック音楽のキャンペーン用スウェット」という一過性のノベルティが、
60 年以上たっても欲望の対象であり続けている理由は、

  • メリヤスとしてのボディ設計
  • 肖像画プリントの線とトーンの整理
  • 広告文脈とカルチャーが一枚の服で交差していること

といった要素が、高いレベルで一体化しているからだと考えられます。

肖像画プリントのスウェットや T シャツを考えるとき、Three B’s はいまでもひとつの到達点であり、
「線 × メリヤス × 経年」の設計を考えるうえでの基準点として位置づけることができます。


補足:Three B’s をめぐる一次資料から見えること

Three B’s スウェットについては、広告史や裁判記録に一次資料が残っており、
ヴィンテージ市場で語られてきた通説と、少しニュアンスが違う部分も見えてきます。

ここでは、原典に近い資料から分かっていることを、いくつかのポイントに絞って整理します。


1. 肖像画は「完全オリジナル」ではない

Three B’s の肖像画は、「このキャンペーンのために描き起こされた絵」であることは間違いありませんが、まったくのゼロからの創作ではありません。

裁判記録によれば、デザイナーの Robert Freeman はサンフランシスコの図書館で作曲家の本を調べ、

  • ベートーベンとバッハは、本に載っていた銅版画(エッチング)から
  • ブラームスは音楽誌に載っていた肖像写真から

それぞれのモチーフを拾い、シルクスクリーン用のアートとして描き直したと証言しています。

つまり Three B’s の肖像画は、

既存の肖像画や版画をベースにしつつ、
スウェット用の線とコントラストに再設計された絵として作られたものだといえます。


2. 製造と流通:Rainier から Eagle-Freedman へ

Three B’s の流通には、大きく分けて二つのフェーズがあります。

  1. 1961 年:Rainier Brewing による初期キャンペーン

    • シアトルのビール会社 Sicks’ Rainier Brewing(Rainier Ale)が、
      サンフランシスコのクラシック音楽ラジオ局 KSFR の番組キャンペーンとして Three B’s を企画。
    • 1961 年 11 月ごろ、リスナー向けに 約 600 着 のスウェットを配布。
    • 配布は「ラジオで告知 → 4 ドルのクーポンと引き換え」という形式でした。
    • この初期ロットには、著作権表記(©など)が入っていなかったことが、のちの裁判記録で指摘されています。
  2. 1962 年以降:Eagle-Freedman による商業流通

    • 広告代理店 Weiner & Gossage は、東海岸の衣料メーカー
      Eagle-Freedman-Roedelheim Co. にデザインをライセンスし、大量生産を開始します。
    • 卸価格は 1 ダース 28.50 ドル(1 枚あたり約 2.38 ドル)。
    • 競合メーカー Allison Mfg. が、より安い生地で似たデザインを 1 ダース 18.50 ドルで販売し、裁判沙汰に発展しました。
    • この EAGLE 製 Three B’s が、当時の店頭に並んだ「商業版」に近い存在と考えられています。

著作権表記のない初期ロットを配布してしまったことなどを理由に、裁判では「作品はパブリックドメインになっている」と判断され、Eagle 側は Allison のコピー商品を止めることができませんでした。


3. タグとボディ:MAYO SPRUCE だけではない

現存する Three B’s には、いくつかのタグバリエーションが確認されています。

  • ヴィンテージ市場では、MAYO SPRUCE タグの Three B’s スウェット/T シャツ がよく知られています。
  • 一方で、裁判の当事者は Eagle-Freedman と Allison Mfg. であり、
    裁判記録にはブランド名としての「Mayo Spruce」は登場しません。
  • 実物の個体としては、EAGLE タグ付きの Three B’s も存在します。

一次資料だけでは、

  • 「初期 600 着がどのブランドボディだったのか」
  • 「Mayo Spruce がどのタイミングから Three B’s を手がけたのか」

までは特定できませんが、少なくとも次のことはうかがえます。

Three B’s のデザインは、Eagle 製に限らず、
複数メーカーのボディで生産されていた可能性が高い、ということです。

MAYO SPRUCE タグの Three B’s は、そのなかでも

  • 60 年代スウェットらしい丸胴ラグランボディ
  • 他のグラフィックスウェットとの系譜(星座シリーズやピーナッツなど)

も含めた「Mayo Spruce 文脈」で評価されていると考えられます。


4. Coach Stahl と 1000 マイルのウォーキング

Three B’s のキャンペーンが伝説として語られる理由のひとつが、
1000 マイル(約 1600km)のウォーキングイベントです。

  • サンフランシスコ在住の 79 歳の元郵便配達員 John F. “Old Iron-Legs” Stahl が、
    「シアトル万博を宣伝するために、サンフランシスコからシアトルまで歩きたい」と Rainier に直談判。
  • ゴセージたちは、彼を「コーチ」と位置づけ、一般から Three B’s スウェットを着て歩く参加者を募集しました。
  • 応募は 700 件以上にのぼり、最終的に
    • キルト姿のスコットランド人バグパイパー(28 歳)
    • 10 歳以下の子どもが 5 人いる 62 歳の富裕層
    • 38 歳のプロアドベンチャラー
      の 3 名が選ばれ、Coach Stahl を含む 4 人で歩くことになりました。
  • 広告のヘッドラインは 「Coach Stahl Wants You to Walk to Seattle」
    兵士募集ポスター風のビジュアルのなかで、ベートーベンのスウェットがユニフォームとして機能しています。

出発後は、新聞・ラジオ・TV がこのウォーキングを面白がって繰り返し報じたため、
Three B’s スウェットは広告費を追加しなくても自然と世間の話題になっていきました。


5. 逆に、資料では分からないままのこと

一方で、公開されている一次資料からは、次のような点はほとんど分かりません。

  • ボディの正確な生地組成や目付(オンス)
  • 編み機のゲージや具体的な仕様
  • 使用インクの種類(ラバー系か水性かなど)
  • 総生産枚数の推定値
  • Rainier と Eagle 以外の公式ライセンス先の一覧

このあたりは、現物のタグ・縫製・生地を比較する「衣料としての観察」に委ねられている領域であり、
公開された文書情報だけではこれ以上踏み込めない部分でもあります。

Three B’s は、こうした広告史・裁判記録・実物個体の観察が重なり合うことで、その全体像が少しずつ立ち上がってくるスウェットです。
基礎的な仕様だけでなく、こうした背景も踏まえて眺めると、一枚の肖像画スウェットがなぜここまで長く語り継がれているのかが、より立体的に見えてきます。


参考資料

一次資料(判例・原典)

二次資料・関連記事(キャンペーン/人物の背景)


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